なぜ「年収の壁」が話題になるのか
主婦(第3号被保険者)がパートやアルバイトなどで働く際、よく耳にするのが「年収の壁」という言葉です。「せっかくシフトを増やしたのに、手取りが減ってしまった」「これ以上働くと損する」といった話を聞いたことがある人も多いのではないでしょうか。
年収の壁とは、税金や社会保険料の負担が増える「境目」のことで、この壁を意識せずに働くと、結果的に手取りが減ってしまうケースがあります。特に扶養内で働きたい主婦の方にとっては、制度の仕組みと対策を理解することがとても大切です。
年収の壁とは?103万円・106万円・130万円・150万円の違い
年収の壁には複数あり、それぞれ「税金」や「社会保険」に関係しています。主な壁は次の4つです。
① 103万円の壁(所得税の扶養控除)
配偶者の扶養に入りながら働く場合、年収が103万円以下であれば、本人に所得税がかかりません。これは「基礎控除48万円+給与所得控除55万円=103万円」までが非課税になるためです。
103万円を超えると、本人に所得税が発生しますが、その増加はわずかで、急に手取りが減るわけではありません。
② 106万円の壁(社会保険の加入義務)
従業員数が51人以上の企業(特定適用事業所)などで働く場合、年収が106万円以上になると、社会保険(健康保険・厚生年金)への加入が義務になります。
保険料の負担は増えますが、将来の年金が増える・健康保険の保障が充実するなどのメリットもあります。
③ 130万円の壁(配偶者の扶養から外れる)
106万円ルールの対象外(特定適用事業所に当てはまらない事業所)で働く場合、年収が130万円を超えると配偶者の社会保険の扶養から外れ、自分で保険料を支払う必要があります。月1万円〜2万円ほどの負担になることが多く、手取りが一時的に減るように感じられます。
「130万円の壁」は学生アルバイトなどには適用されません。2025年の税制改正によって、被保険者の配偶者を除く19歳以上23歳未満の扶養親族は、従来の103万円から150万円に収入要件が引き上げられました。従って2025年10月から「年収150万円」が社会保険加入の適用ラインに変わりました。
④ 150万円の壁(配偶者控除の段階的縮小)
年収が150万円を超えると、配偶者控除の金額が徐々に減少します。配偶者の税金が少し増えますが、影響は比較的小さく、働き方次第では大きな損にはなりません。
2025年の年金改正で「106万円の壁」はどう変わる?
最新の制度改正では、特に“106万円の壁”に関して大きな変更が予定されています。
改正内容
・令和7年(2025年)に成立した 年金制度改正法 によって、「所定内賃金が月額8.8万円(年収約106万円)以上」という賃金要件が撤廃されることが決まりました。
・企業規模要件(従業員51人以上など)も段階的に縮小・撤廃される方向です。
・賃金要件の撤廃は「政令で定める日(公布から3年以内)」というスケジュールが示されています。
つまりどういうことか?
改正後は、適用対象企業で“週の所定労働時間が20時間以上”という時間要件を満たせば、年収の額が106万円という線で社会保険加入が自動的に決まるというわけではなくなってきます。年収の額を意識しすぎて働き控えをする必要性が、少しずつ弱まるということです。
これは、これまでは「年収106万円」を超えると社会保険料負担が出るため働き方を制限していたパート・主婦の方にとって、制度のハードルが下がるという意味で大きな変化です。
注意点・今後の動向
ただし、完全に106万円の壁がなくなるわけではなく、制度移行・適用対象など細かな条件があります。例えば:
- “週20時間以上”という労働時間の条件は依然として残ります。
- 「企業規模」や「雇用期間見込み」などの要件も段階的に見直される予定です。
- 保険料が今後どう変わるか、手取りがどう影響を受けるか、家計単位でチェックする必要があります。
- “106万円を少し超えると損”というのは依然として起こり得るシーンがあるため、安易に「年収を106万円以上にすれば安心」と考えるのも危険です。
壁を超えるとどうなる?手取りの変化と注意点
「壁を超えると損をする」と言われるのは、税金や社会保険料の負担が一度に増えるからです。
たとえば、年収を130万円ギリギリに抑えれば保険料は不要ですが、131万円になると年15万円〜20万円程度の保険料が発生する可能性があります。すると、1万円多く稼いだのに手取りは逆に減ってしまうこともあります。
一方で、社会保険に加入すれば将来の年金が増える・傷病手当金などの保障を受けられるなど、長期的なメリットも無視できません。短期的な「手取り」だけで判断するのではなく、ライフプラン全体で考えることが大切です。
改正後の働き方では、年収を意図的に抑えるよりも、「時間を少し増やして」「しっかり稼げるラインまで働く」ほうが手取りが増えるケースも多くなってきます。
「壁に近づいたら働き損」は本当か?
よくある誤解が、「壁を超えたら必ず損をする」という考え方です。実際には、「少しだけ超える」のが損になるだけで、「しっかり超える」なら手取りは増えるケースがほとんどです。
例えば、年収を129万円から140万円へ増やすと、社会保険料の負担は増えても手取りはむしろ増える傾向にあります。
中途半端な働き方が最も非効率であり、「壁を意識してあえて抑える」か「思い切って超える」か、どちらかを選ぶことが賢明です。
年収の壁を意識した働き方・対策
年収の壁を踏まえたうえで、自分に合った働き方を考えるためのポイントを整理しましょう。
1. 「扶養内で働く」戦略
- 103万円以下や130万円以下など、自分が守りたい壁を決めてシフトを調整する
- 賞与や交通費なども含めて年収を計算する
- 年末が近づいたらシフトを減らして調整するのも有効
2. 「壁を超えてしっかり働く」戦略
- 社会保険料が増えても、手取りが確実に増えるラインまで働く(目安は150万円〜160万円以上)
- 改正後の社会保険加入を前提に、手取り+将来保障という視点で「投資」と考えて働く。
- 夫婦で家計全体の手取りが増えるシミュレーションをしてから決断する
3. 「企業制度を活用する」
- 2023年以降は、企業が社会保険料の一部を補助する「年収の壁・支援強化パッケージ」が始まっています。該当する場合は会社に相談してみましょう。
- 勤務時間を増やさずにスキルアップして時給を上げる方法も、壁対策のひとつです。
自分に合った働き方を選ぼう
年収の壁は、「損をする仕組み」ではなく、「知っていればコントロールできる仕組み」です。大切なのは、「どこまで働きたいのか」「家計全体でどうなるのか」を明確にしておくことです。
2025年の改正によって、106万円の壁の賃金要件が撤廃されつつあることで、年収だけにとらわれない働き方がますます重要になります。
短期的な手取りだけを見るのではなく、保険加入による保障・年金受給という長期的な視点も含めて考えていきましょう。社会保険への加入は老後や万が一への備えというメリットも大きいものです。
自分や家族のライフプランに合わせて、壁を「超える」「抑える」を上手に使い分けながら、納得のいく働き方を選んでいきましょう。
